「わらい仏」を後にして、ゆるやかな登り道を行く。かっては右下の谷には棚田が広がっていたが現在は、雑草の生茂る山地へ戻りつつある。そんななか、ひと群れのすすきが陽光を受けて輝くのが美しい。
◇◇
弥勒磨崖仏
道が車道と出会う「弥勒の辻」の手前右側、山地から露出した岩肌に線刻の「弥勒磨崖仏」が彫られている。笠置寺の弥勒如来磨崖仏を写したものといわれ、近よってよく眺めれば、洗練された線刻で描かれていることがよくわかる。文永11年(1274)作の銘がある。
車道にでて左へすぐのところに「三体地蔵」への道標があり、それにしたがって右手の山道に入る。やや急な山道をしばらく登ると平坦な道になる。「三体地蔵」は道の右手の高みに彫られていて、仰ぎ見ることになる。
◇◇
三体地蔵
「三体地蔵」の前をさらに進めば、岩船寺はまもなくである。
弥勒磨崖仏
露出した岩肌の最上部、長方形に彫り窪められたなかに半肉彫りされた三体の地蔵は西を向いて立っておられる。やさしい表情ながら、下から仰ぎ見るためか神々しい厳かな佇まいに思える。
三体地蔵
◇◇
岩船寺
聖武天皇の勅願により行基が阿弥陀堂を建立したことが始まりといわれる。承久3年(1221)、戦火でそのほとんどを焼失した。朱も鮮やかな三重塔は室町時代の嘉吉2年(1442)の建立で、先年修復工事が行われ、瀟洒な姿を見せている。
◇◇
山門前を北へ下った三叉路を左へとる。しばらくして、車道から右下の集落へ下る里道が分かれるので、里道へ入る。竹薮の中を進むようになると、右下「不動明王磨崖仏」への案内があり、整備された石段を下る。
不動明王磨崖仏
里道の真下にあたるところに露出した花崗岩があり、不動明王はそこに刻まれている。
岩船寺
不動明王磨崖仏
拳を握り締め、ギョロリとした目で、辺りを睥睨する像、しかし、なんともユーモラスに見えてしまうのは、その目の形によるものだろうか。
風雨にさらされて、風化が進むのが惜しまれる.
もとの道に戻り、やや急な下り道を進むと、「わらい仏」への分岐点に行き着く。ここからは、もときた道を辿り、コース最後の浄瑠璃寺を訪ねよう。